9/30 My Ending Note2
そのとき義父は肺がん治療のために、放射線治療を受け、
無菌室へ入っており、そこに私と一人娘である妻が
呼ばれることとなりました。
義父は「自分はもう長くないのはわかっている。娘のことを頼む。」
と治療のため傷ついた声帯で、聞き取ることがやっとの声で、
そう話しました。
そして、
「自分の臓器が後世の医学の発展に役に立つのなら、提供をしてほしい。」
と、搾り出すような声で、最後に告げました。
それから1週間後、義父は少しの回復も見せぬまま、
3度目のがんの発症には勝てずに、この世を去ることとなりました。
死に目に会うことが出来なかった妻と私が、義父が亡くなった
病室に着くと、義母と義父の兄弟が何やら病室でもめていました。
先ほど亡くなったところだというのに、兄弟たちは義父の死を
悲しむでもなく、臓器提供に否定的な意見を告げ、そして、
そんなことは血を分けた兄弟である自分たちが許さないと、
義母に対し、「他人であるあんたは黙っておけ。」と迫っていました。
兄弟の人数が多く、その勢いに押され、またなくなったばかりで
気落ちしている義母は気後れし、しぶしぶ同意せざるを得ませんでした。
叔母の一人が
「お兄ちゃんの体を勝手に切り刻まんといて。」
「そんなことをいうわけがない。」
私が義父の意思を伝えようとすると、ののしるように言い放ちました。
寂しい光景でした。自分を愛してくれた人が亡くなり、
悲しみに浸ることもなく、もめている姿をみると、義父もきっと
悲しんでいるに違いないと。
私共のエンディングノートは3部構成になっており、
第1部が「私にもしものときに」となっています。
4番目に‘臓器提供について’という項目があります。
もし、あの時に義父の手にこのエンディングノートがあって、
その意思を直筆で示すことができたなら、果たしてあのような光景が
起こったであろうかと。
もしものことがあり、自分では意思を示すことができなくなったときに、
意思とは関係なく、処置が施されたとしたら。
亡くなった人間の意志と関係なく、また死を看取り、その死を静かに
受け入れようとすることもなく、恥ずかしい諍いを行ってしまうことが
ただとても悲しいことだと思うのです。
私のエンディングノートにはこう書いてあります。
自分の死後、臓器提供により後世の医学の発展に貢献することが
出来るのなら、躊躇することなく、提供してほしい、と。
あのとき義父が私と妻に伝えてくれたように。 傳法



